2018年3月19日
子どもと教科書全国ネット21
文部科学大臣 林 芳正 殿
この間の報道によれば、名古屋市の公立中学校で今年2月16日に行われた、前川喜平・前文部科学省事務次官の「これからの日本を創る皆さんへのエール」と題した「総合的な学習の時間」公開授業の内容等について、貴省初等中等教育局教育課程課(課長補佐)が名古屋市教育委員会に執拗に問い合わせを行った。この件は初等中等教育局長も了解の上でとのことである。
これは教育内容への不当な介入であると断じざるをえない。ついては強く抗議するとともに、貴省の謝罪および経緯のすみやかに全面公開を要求する。
公開された資料によれば、事実経過と質問内容の概要は次のとおりである。
貴省は名古屋市教育委員会に講演内容等について電話につづいて15項目に及ぶ質問のメールを3月1日送信した。これを受けて市教委は当該校に問い合わせた上で3月5日に回答した。翌3月6日には貴省は11項目の「追加質問」を送信してさらに執拗に回答を求め、市教委は翌7日に再回答した。
質問の内容は多岐にわたり、前川氏の講演の内容を問題とするだけでなく、前川氏の経歴を取り上げて同氏が講師として適切であったのかどうか疑問を呈した上、講演にあたって「動員」があったのではないかとまで問うている。
以上の経過に照らし、次のような問題を指摘しなければならない。
林芳正文科大臣は「事実を確認するために行った」「法令に基づいた行為だった」と述べているが、(1)戦前の軍国主義教育の反省を踏まえ、「教育は、不当な支配に服することなく」(教育基本法第16条)、(2)「教育内容に対する…国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」(旭川学力テスト事件の最高裁大法廷判決、1976年)、(3)「文部科学大臣は…必要な指導、助言又は援助を行うことができる」(「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第48条)の「必要な指導、助言又は援助」の「例示」には、今回のような内容は含まれていない。したがって、今回のように学校現場の教育活動に関して、直接文部科学省が介入することは許されないことは当然の理である。
貴省は前川氏の経歴を問題にしているが、文部科学省に対して正当な批判を行う前川喜平氏に対する人権侵害、名誉毀損というべき攻撃であり、政権の意向に沿わない者を「見せしめ」にしようとしていると疑わざるをえない。
貴省がことさら道徳教育を持ち出したのに対して、当該校は「今回の授業は道徳の授業ではありません」と反論している。今回の貴省の行為こそ道徳に反するのではないか。
問題が明らかになった後、貴省は「事前に政治家からの問い合わせがあったか」との野党のヒアリングでの質問に「確認します」「(コメントを)差し控えさせていただきます」と回答を避け、森友学園問題や加計学園問題同様、政治家や官邸などの関与があったのか否かについては口をつぐんでいる。その後、自民党の国会議員の「問い合わせ」があったことが報道されている。
今回の件で、貴省が公式に謝罪すること、および政治家や官邸などの関与の有無など経過を至急全面的に明らかにすることを重ねて強く要求する。
以上
代表委員:石川康宏・石山久男・尾山 宏・小森陽一・高嶋伸欣・田代美江子
田港朝昭・鶴田敦子・西野瑠美子・堀尾輝久・山田朗
事務局長 俵 義文
連絡先:千代田区飯田橋2-6-1小宮山ビル201
℡:03-3265-7606 Fax:03-3239-8590
1.文部科学省は、2015年4月6日、14年度中学校教科書の検定結果を公開しました。この教科書は、2008年3月に改訂告示された学習指導要領にもとづく教科書の2回目の検定です。今回の検定は、2014年1月に政府見解に基づいて書くなど3点にわたって改悪された検定基準、同年3月に改悪された検定審査要項(検定審議会内規)にもとづいて行われました。この制度改悪が、今回の申請図書や検定結果にも大きな影響をもたらしています。
そのなかで、かねてから私たちが戦争美化などの点で批判してきた育鵬社版歴史・公民教科書、ならびに自由社版歴史教科書が検定に合格しました。今回、検定提出しなかった自由社版公民も旧版のまま採択に参入することになっています。
2.育鵬社版・自由社版の歴史教科書は、これまで通り、敗戦前までの国定教科書と同様に、神話上の人物で実在しない神武天皇を初代天皇であるかのように書き、歴史事実をゆがめています。また、各時代にわたって、天皇と支配者中心の歴史を描き、さらに現代史では昭和天皇を賛美する特設ページをもうけるなど、日本国憲法の精神に反して天皇を日本の支配者として敬う考え方を子どもに押しつけようとしています。
3.育鵬社版・自由社版は、これまで以上に、近代日本が行った侵略戦争と植民地支配を美化し、加害をなかったことにし戦争に対する否定的な心情を払しょくして「戦争する国づくり」へ子どもたちを誘導しようとしています。
日露戦争は日本の朝鮮支配を確立するための戦争であり、実際5年後には韓国併合にいたったにもかかわらず、ロシアのアジア進出を「わが国の存立の危機」(育鵬)、ロシアの軍事力が「日本が太刀打ちできないほど増強されるのは明らかだ」(自由)と事実にも反して危機を強調し、自衛のための戦争と正当化します。さらにコラムなどで国民全体が戦争に協力した姿を教えます。一方、他社で必ずとりあげている当時の反戦論や重税反対の動きはまったくとりあげません。
韓国併合後、朝鮮で土地を追われた農民が多数出たことは、2006年版までは両社とも本文に書いていましたが、育鵬社は全部削り、その上、併合後、朝鮮の人口・耕地面積・米生産量・学校数などが増えたことを示す表を、なぜそうなったかの説明なしに入れています。自由社も、鉄道・灌漑施設などの開発や「学校も開設し、日本語教育とともに、ハングル文字を導入した教育を行った」など善政を強調しています。韓国併合により朝鮮に与えた被害など反省すべき点を書いている他社教科書とは大きく違います。
満州事変と日中戦争に関しては、「満州国」での工業の発展と人口増加を強調して日本の満州支配を美化し、そのうえ日本の満蒙開拓団入植も全く無批判に書いています(育鵬)。自由社版はついに南京事件の記述をまったく削除しました。
自由社版の現行本では、側注で南京事件を書いていましたがこれを削除し、南京事件の記述を一切無くしました。逆に通州事件の側注を2倍にまで詳しくしました。文科省はこれについて検定意見をつけていません。戦後70年の今年、南京事件を削除したのは「南京事件はでっち上げ」という彼らの主張を露骨に表現したものですが、それは近隣諸国条項に違反するものであり、文科省の責任は重大です。
アジア太平洋戦争については、当時の日本政府の主張そのままに、アジア諸国を欧米の植民地から解放するための戦争だったと教えることに力をそそいでいます。戦争初期の「日本軍の勝利に、東南アジアやインドの人々は独立への希望を強くいだきました」と書き、インド国民軍、ビルマ独立義勇軍、インドネシア義勇軍などが日本軍に協力して戦ったことを強調します(育鵬)。また、「アジアの人々を奮い立たせた日本の行動」「日本を解放軍としてむかえたインドネシアの人々」というコラムをのせています(自由)。これらは日本の行った戦争の本質を誤解させるものです。他社にはこのような記述はなく、アジア諸国民に与えた苦しみをとりあげています。さらにこの戦争の名称についても、アジア解放の戦争という意味をこめて当時の日本政府がつけた名前を使い「大東亜戦争(太平洋戦争)」(自由)、「太平洋戦争(大東亜戦争)」(育鵬)をタイトルに使っています。
他社では日本の兵士や国民が支配者によって正義の戦争と信じこまされていたことを書いていますが、育鵬社・自由社は、国民がだまされていたことは書かずに、国民が積極的に国家・戦争に協力してがんばったことだけを強調しています。
沖縄戦について育鵬社は「集団自決に追いこまれた人々もいました」とは書いていますが、他社のように「日本軍によって」という言葉はなく、日本軍による住民虐殺にはまったくふれていません。自由社は「集団自決」の記述は今回全面削除しました。もちろん住民虐殺の記述はありません。さらに「日本軍はよく戦い、沖縄住民もよく協力した」との記述を付け加え、沖縄戦を戦争の悲劇としてではなく住民の戦争協力の姿として描き出し、戦争を最大限美化しています。
4.両社とも明治憲法の問題点にはふれず、「アジアで初めての本格的な近代憲法として内外ともに高く評価されました」(育鵬)と称賛し、自由社版も明治憲法について「憲法を称賛した内外の声」をくわしく紹介する一方、日本国憲法はアメリカから押しつけられたことを強調し、その積極的意義や国民が憲法を支持したことにはふれません。他社の扱いとは正反対です。
5.公民教科書における憲法の扱いは他社とは大きく異なって、国家に役立つ人材をつくるのが公民教育の目的だとして、国民一人ひとりよりも国家を優先し、日本国憲法の精神を根本的に歪めている点で重大です。
国民主権の扱いが他社と大きく異なるのは、「国民主権と天皇」(育鵬)、「天皇の役割と国民主権」(自由)のように天皇とセットで扱っていることです。両社ともその内容は国民主権の説明が三分の一、天皇の説明が二分の一です。さらに現在の天皇制を「現代の立憲君主制のモデル」(育鵬)と持ち上げています。
基本的人権を学ぶ項目でも、両社とも人権保障について三分の一、人権の制限と国民の義務にそれより多い三分の二をあてています。しかも人権の制限の原理として憲法に規定されている「公共の福祉」を説明するときに、他社のように他人の人権を侵すことになる場合に人権が制限されるとするのではなく、国家・社会の秩序を守るために人権が制限されると書き、歯止めのない人権の制限を容認しています。
両性の平等の問題でも、現実にある男女差別の実態にはふれず、男女共同参画条例についても専業主婦の役割を軽視しているなど否定的な見解をわざわざとりあげています。男らしさ・女らしさを大切にすることや家族の重要性を一面的に強調していることも他社との違いです。
さらに、他社では数行をあてているに過ぎない「憲法改正」について2ページの独立の項を立て、各国の憲法改正の回数の一覧表まで掲げ、改憲が必要という政治的主張を打ち出しています。
6.育鵬社版公民教科書の憲法の平和主義の扱いも、全体として安倍政権の防衛・軍事政策をそのまま宣伝しているような教科書となっている点で重大な問題があります。「平和主義」の項でも平和主義そのものは4分の1、あとの4分の3は自衛隊についての説明にあてています。そして世界各国では国防の義務を課している憲法をもつ国もあるとの資料を掲げ、国防の義務を国民に課すのが当然のように書いています。その次に「平和主義と防衛」の項を設け、「国防という自衛隊本来の任務をじゅうぶんに果たすためには、現在の法律では有効な対応がむずかしい」という議論をあえて紹介しています。「沖縄と基地」というコラムでは、政府は負担軽減を行っているとして「普天間飛行場の辺野古への移設などを進めています」と書いています。また「世界平和の実現にむけて」の項では、自衛隊が「積極的に海外で活動できるよう法律を整備することが議論されています」と書き、「憲法改正」の項でも「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合に、日本が必要最小限の範囲で実力を行使することは、憲法上許される」と、集団的自衛権行使を容認しています。そして日米安保体制のもと軍事力で国を守る必要性を強調しています。まさに「戦争する国づくり」のための教科書といえます。
他社のように憲法9条の歴史的意義や、最近の国際紛争解決のための平和的・外交的努力を紹介し、9条を生かし平和をどうつくるかを考えさせるような内容はまったくなく、武力による解決しかないような印象を与えるもので、日本国憲法の精神に反するものです。
原子力発電についても、エネルギー問題の解決には核融合発電が必要だとして、それを推進する姿勢を変えていません。
7.育鵬社版公民教科書には、安倍首相の写真が15枚(平均すると14ページに1枚)も載っています。この教科書の内容は政府の「広報誌」といえますが、さらに、安倍政権の「宣伝パンフレット」だといっても過言ではありません。こんなものを「教科書」として子どもたちに渡すことは許されません。
8.このような日本国憲法の精神に反する教科書で子どもたちが学ぶことは、あってはならないことです。しかもこれらの教科書については、国連・子どもの権利委員会などからも、「歴史的事実に関して日本政府による解釈のみを反映しているため、アジア・太平洋地域の国々の子どもの相互理解を促進していない」などの懸念が繰り返し表明されています。
にもかかわらず、育鵬社版教科書をつくった日本教育再生機構・「教科書改善の会」は、「理想の教科書が誕生した」「あなたのまちにも育鵬社教科書を」「『日本がもっと好きになる教科書』を全国の子供達に届けよう」と採択活動を展開しています。そして、政権党やそれにつらなる日本会議などの政治団体が、議員などの政治的影響力を駆使して教科書採択に介入し、育鵬社版・自由社版教科書の採択を推進しようとする動きが顕著にみられます。
安倍政権によって2014年6月に改悪された地方教育行政法によって、首長が教育に介入しやすくなりました。しかし、教科書採択については首長が介入できないことを文科省・小松初等中等教育局長が国会答弁で明確にしています。
こうした教育への政治的介入を排除し、各地域の住民・保護者・教育関係者が、日本国憲法の精神に立脚した教科書が採択されるよう求める声を大きくあげることをよびかけます。今、安倍政権の「戦争する国」、憲法改悪へ向けた暴走が異常に強まり、それに反対する大きな共同の運動が発展しています。教科書採択問題はこれらの課題と一体のものであり、安倍政権の暴走を止める課題と育鵬社・自由社版教科書採択阻止は共通の課題です。全国的な運動と連携・共同して、地域から大きな運動を発展させましょう。
そして各地の教育委員会や学校設置者が、その声に応えて理性的判断にもとづいて教科書を採択することをよびかけます。
2015年6月2日
(団体名)
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、アジア女性資料センター、あぶない教科書を許さない八王子の会、安倍教育政策NO・平和と人権の教育を!ネットワーク、「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク、生かそう1947教育基本法!子どもと教育を守る東京連絡会、いせはら教育を考える会、岩国の教育を考える会、ABC企画委員会、えひめ教科書裁判を支える会、沖縄平和ネットワーク関西の会、沖縄平和ネットワーク首都圏の会、沖縄戦の史実歪曲を許さず沖縄の真実を広める首都圏の会、過去と現在を考えるネットワーク北海道、学校に自由の風を!ネットワーク、教育と自治・埼玉ネットワーク、教科書・市民フォーラム、教科書を考える尾道市民の会、教科書を考える呉の会~未来への架け橋~、教科書問題を考える港北の会、教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま、強制連行・企業責任追及裁判全国ネットワーク、憲法改悪阻止各界連絡会議、「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、公正な教科書採択を求める大田区民の会、神戸国際キリスト教会、子どもたちに「戦争を肯定する教科書」を渡さない市民の会(愛知)、子どもと教科書・旭区民ネットワーク、子どもと教科書大阪ネット21、子どもと教科書全国ネット21、子どもと教科書を考える八重山地区住民の会、子どもの権利・教育・文化全国センター、子どもの人権埼玉ネット、子どもを戦争にみちびく教科書はいらない!広島県民集会実行委員会、在韓軍人軍属裁判を支援する会、さいたま教育文化研究所、相模原の教育を考える市民の会、島根県教職員組合益田支部・鹿足支部、自由法曹団、新日本婦人の会中央本部、新日本婦人の会八王子支部、杉並の教育を考えるみんなの会、「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター(VAWW RAC)、戦争被害調査会法を実現する市民会議、「戦争を肯定する教科書」を子どもたちに渡さない市民の会(愛知・海部津島)、全国印刷出版産業労働組合総連合会、全国民主主義教育研究会、高槻ジェンダー研究ネットワーク、男女平等をすすめる教育全国ネットワーク、朝鮮人強制労働被害者補償立法をめざす日韓共同行動、「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワーク、東京・教育の自由裁判をすすめる会、東京の教育を考える校長・教頭(副校長)経験者の会、東京歴史科学研究会、中野の教育を考える草の根の会、南京への道・史実を守る会、日韓つながり直しキャンペーン2015、西区教科書を考える会(横浜市)、2015年「戦争を肯定する教科書」の採択を許さない愛知県実行委員会、日中韓共同歴史編纂委員会、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動、日本山妙法寺、日本ジャーナリスト会議(JCJ)、日本ジャーナリスト会議・東海、日本出版労働組合連合会、日本製鉄元徴用工裁判を支援する会、日本の戦争責任資料センター、日本婦人団体連合会、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)、日本民主法律家協会、ノー!ハプサ、ピースボート、東大阪で教育を考える会、日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会、ふぇみん婦人民主クラブ、婦人民主クラブ、フォーラム・平和・人権・環境、平和・国際教育研究会、平和と教育を考える都筑区民の会、平和を実現するキリスト者ネット、平和力フォーラム、平和をつくり出す宗教者ネット、みんなの教育・ふじさわネット、武蔵村山子どもと教育を育てる会、ユーゴネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会、横浜教科書採択連絡会、歴史科学協議会、歴史学研究会、歴史教育者協議会、「歴史認識と東アジアの平和」フォーラム日本実行委員会、歴史をたずねる会@杉並
韓国・アジアの平和と歴史教育連帯
(2015.6.10現在 94団体)
問合せ・連絡先:子どもと教科書全国ネット21
千代田区飯田橋2-6-1 小宮山ビル201
℡:03-3265-7606 Fax:03-3239-8590
2013年12月25日 子どもと教科書全国ネット21
文部科学省の教科用図書検定調査審議会(検定審議会)は、2013年12月20日、教科書検定基準の改定案などを了承した。改定案は、11月15日に下村博文文部科学大臣が発表した「教科書改革実行プラン」に基づくものであるが、「教科書改革実行プラン」は自民党・教育再生実行本部の「中間取りまとめ」(2012年11月)及び教育再生実行本部・教科書検定の在り方特別部会の「中間まとめ」(2013年6月)の内容そのままである。政権政党とはいえ、一政党の意見をそのまま取り入れて検定基準を改定するのは文科省が自民党の下請け機関化したことを示すものであり、自民党による教育への「不当な支配・介入」である。しかも、戦後の検定制度を大きく転換する重大な改定を、諮問からわずか1か月、たった2回の審議で決めたことも許しがたい暴挙である。
検定基準改定案は、社会科(高校は地理歴史科と公民科)について、①近現代史で通説がない事項はそれを明示し、児童生徒が誤解の恐れがある表現はしない、②政府見解や確定判例がある事項はそれに基づく記述をする、③未確定の時事的事項は特定の事柄を強調しすぎない、の3点を加えるとしている。さらに、新検定基準とは別に「審査要項」の「改定」で、全教科について、「教育基本法や学習指導要領の目標などに照らして重大な欠陥があれば検定不合格とする」を追加した。そして、「審査手続き」で、検定申請時に、教育基本法の趣旨を反映させた工夫点をより詳しく説明する書類を教科書発行者に提出させる、としている。
検定基準改定案は、教科書の内容を政府が隅々まで統制し、事実上の「国定教科書」づくりをめざすものである。さらに、歴史の事実を教科書から消し去り、歴史をわい曲する内容を教科書に書かせ、政府に批判的な内容は教科書から排除することをめざす重大な改悪案である。
文科省は、2014年1月中旬までパブリックコメントを実施し、1月中に新検定基準として告示し、例年より1か月だけ遅らせて5月から申請を受け付ける中学校教科書の検定から実施するとしている。
以下、この検定基準改定案の主な問題点を指摘する。
自民党・教育再生実行本部「中間取りまとめ」と教科書検定の在り方特別部会の「中間まとめ」、自民党の衆議院選挙・参議院選挙の公約では、「多くの教科書が自虐史観で偏向している」と主張してきた。社会科の検定基準改定案がターゲットにしているのは、「自虐史観や偏向」した記述であり、対象にされているのは、南京大虐殺(南京事件)や日本軍「慰安婦」、強制連行、植民地支配など日中15年戦争、アジア太平洋戦争時の日本の侵略・加害の記述である。そのことは、次の事実を見ただけでも明らかである。
2013年9月に文部科学副大臣になった西川京子議員は、13年4月10日の衆議院予算委員会で、南京事件はなかったということは自分たち「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(「教科書議連」)の調査で明らかになった、また、「慰安婦」は当時は合法だった売春の話であり政治的にも歴史学的にも決着していない問題である、それらを教科書に載せるのは「自虐史観」「偏向」だと主張した。また、安倍晋三首相は、野党議員時代の2012年4月10日、自民党文教部会と「教科書議連」の合同会議に出席し、「自分が総理のときに『いわゆる従軍慰安婦の強制連行はなかった』と国会で答弁した、何故それを無視して『慰安婦』を教科書に載せているのか」と文科省担当者を叱責した。
こうした点から見れば、この検定基準は、「南京事件はなかった」や「『慰安婦』は売春婦」などというのも少数説として存在するから両論併記でそれも書け、ということである。さらに、新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)の自由社版教科書や日本教育再生機構・「教科書改善の会」の育鵬社版教科書、日本会議の明成社版『最新日本史』などは、検定申請時に「南京事件なかった」という趣旨のことを書いて、検定で修正させられてきたが、今後はその記述を認めるようにするということである。
歴史の事実を教科書から削除し、歴史をわい曲する内容を教科書に書かせるものであり、明らかに近隣諸国条項に違反する。
検定基準の「近隣諸国条項」(「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」)は、近現代史について、日本と近隣アジア諸国との関係について国際理解と国際協調を深める立場で書くことを求める条項である。さらに、日本の侵略・加害について歴史的事実であれば検定で削除・修正を求めないという検定基準である。
安倍首相や下村文科相をはじめ、自民党は「近隣諸国条項を見直す」と主張し、選挙公約にも掲げてきた。しかし、この条項は、1982年に文部省が教科書検定で日本の侵略戦争・加害の事実をわい曲していることがアジア諸国に知られ、中国・韓国をはじめアジア諸国から抗議され、外交問題になった。この時、宮沢喜一官房長官(当時)は、「アジアの近隣諸国との友好、親善を進める上でこれらの批判に十分耳を傾け、政府の責任において是正する」という談話(「宮沢談話」)をだし、外交問題に決着をつけた。そして、この談話に基づいて追加された検定基準が近隣諸国条項である。近隣諸国条項は日本政府のアジア諸国への国際公約であり、日本国民への公約でもある。
下村文科相は、今回の検定基準改定では、「近隣諸国条項」の見直しはしていないと述べている。しかし、検定基準改定案は、この近隣諸国条項を骨抜き・無効化し、実質的に廃止するものである。
安倍政権・自民党がこの近隣諸国条項の見直しを行おうとしていることに対して、アジア諸国、とりわけ韓国・中国からの批判があり、見直しを行えば外交問題に発展することは明らかである。そこで安倍政権は、見直しを先送りして、近隣諸国条項を骨抜き・無効化する検定基準を別に定めて、実質的な見直し(廃止)を行うものである。これは、明文改憲がすぐにはできないので、解釈改憲や国家安全保障基本法の制定などで、事実上9条改憲を行おうとしていることと同じ手法である。きわめて姑息で悪質なやり方であり、断じて許すわけにはいかない。
検定基準改定案は、教科書に政府見解や最高裁判所の判例に基づいて書くよう求め、教科書を政府の広報誌に変えようとしている。これは、領土問題について「固有の領土論」や「尖閣諸島は領土問題ではない」などの政府見解を書かせることをねらうものである。さらに、例えば、日本軍「慰安婦」について、第1次安倍政権は「慰安婦の強制連行はなかった」と閣議決定したので、これを教科書に書け、さらに、1965年の日韓基本条約で解決済みというのが政府見解であるから、これを教科書に書けということである。TTPや消費税、社会保障や労働法制などでも政府見解を書かされることになる。歴史・社会科だけではなく、原発やジェンダー平等教育、家庭科や国語の教材などで、政府の見解と異なるものは排除されることになりかねない。政権が変わるたびに教科書の内容が変わることになり、政府の見解がすべて正しいとは限らないのに、特定の見解を教科書に書かせて子どもたちに押しつけるのはもはや教育ではない。これは「教化」であり、子どもたちをマインドコントロールするものである。これは、事実上の「国定教科書」を狙うものである。
旭川学力テスト事件の最高裁大法廷判決(1976年5月)は、「政党政治の下で多数決原理によってされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によって左右されるものであるから」、教育は「本来人間の内面的価値に関する文化的営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない」として、「子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制することは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」と述べている。この検定基準案は、この最高裁判決にも違反するものであり、断じて許されないものである。
全ての教科書について、「教育基本法や学習指導要領の目標などに照らして重大な欠陥があれば検定不合格とする」という「審査要項」追加は、教科書発行者を威嚇する究極の検定強化の制度である。下村文科相は、「重大な欠陥があれば、個々の内容を審査しないで不合格にする」と説明している。安倍政権が強行成立させた特定秘密保護法は「何が秘密かは秘密」という悪法であるが、この要項もそれと同じ構造である。何が「重大な欠陥か、それは秘密」として理由を明示されないまま不合格にされる。文科相や文科省、政府・自民党が「自虐史観」「偏向」と見なせば、個々の内容の審査抜きで「重大な欠陥」として容易に不合格にできる「一発不合格制度」であり、教科書発行者に与える委縮効果は絶大であり、発行者はどこまでも「自己規制」して、政府の意図通りの教科書をつくることになる。
検定申請時に、「教育基本法の趣旨を反映させた工夫点をより詳しく説明する」書類を教科書発行者に提出させる、というのは、教科書発行者に「愛国心教科書」「道徳教科書」作成を強制するためである。2009年3月に文科省が教科書発行者に出した「教科書の改善について(通知)」によって、教科書は教育基本法との「一致」が求められ、社会科だけでなく全ての教科書について、教育基本法第2条の「愛国心」「道徳心」「伝統文化」など5つの条項が教科書のどの記述、内容、教材と「一致」しているかを検定申請時に提出する編修趣意書に書くことが求められている。その結果、教科書の画一化が進み、教科書発行者は「愛国心教科書」「道徳心教科書」づくりを求められている。
こうした事実があるにもかかわらず、あえてこのようなことを要求する意図は明白である。自民党と安倍政権は、日本の侵略・加害について、歴史の事実を書いた教科書を自虐史観、偏向だと攻撃し、そうした歴史の事実の記述をなくして教科書を「正常化」しなければ、愛国心が育たない、子どもが自国の歴史に誇りが持てない、などと主張している。教育基本法や学習指導要領を根拠に、不合格で脅して、教科書から歴史の事実を消し去ろうとするものであり、教育をゆがめるこのような動向は絶対に容認できないものである。
検定基準改定案は、パブリックコメントの募集を経て新検定基準として告示されるのは早くても1月下旬になる。まず対象となる中学校教科書は、2014年の検定申請(通常は4月、今年は5月)に向けて編集中であり、それも最終段階にある。この時期に検定基準を改定するというのは、試合が開始されてすでに終盤にさしかかったところでルールを変更することに等しい。新検定基準の告示後からでは間に合わないとして、すでに原稿の修正(自己規制)をはじめた発行者もあるという情報もある。教科書検定は、小学校、中学校、高等学校と年度を追って順次行われるので、通常、新検定制度の適用は小学校教科書検定前に、編集作業に十分間に合う時に行われてきた。今回、中学校教科書の検定からルールを変更するというのも異例のことである。このような拙速な改定を強行してまで教科書・教育への国家統制強化を急ぐことは許すことができない。
以上のように、検定基準改定案は、近隣諸国条項を骨抜き・無効化し、教科書発行者を委縮させて自己規制を強制し、教科書の国家統制強化によって、政府の思い通りの教科書―事実上の「国定教科書」をめざすものである。それは、政権党と政府の見解と異なる見方・考え方を子どもの耳目から遮断し、国家の支配者の見解だけを子どもたちの頭脳に注入しようとするものであり、憲法が保障する思想・表現・学問の自由を侵害し、子どもの学習し成長発達する権利を侵害する重大な憲法違反である。これは、安倍政権が進める「教育再生」の名による教育破壊であり、憲法改悪と一体の「戦争する国」の人材づくりをめざすものであり、怒りをもって抗議すると共に、直ちに撤回することを要求するものである。
以上
子どもと教科書全国ネット21
代表委員:石川康宏・尾山 宏・小森陽一・高嶋伸欣・田代美江子・田港朝昭・
鶴田敦子・西野瑠美子・山田 朗・渡辺和恵
事務局長:俵 義文 事務局次長:沖野章子
〒102-0072 東京都千代田区飯田橋2-6-1 小宮山ビル201
℡:03-3265-7606 Fax:03-3239-8590